経験できないことを、どう想像するか

経験できないことを、どう想像するか

人間の楽しみの70%は目から入ってくる、という話を伺ったことがあります。景色、美術品、食べ物、書物、映像、演劇、もちろん人間、などなど。あらゆるものを見ることで生まれる楽しみや喜び、心の満ち足りる時間は、目が与えてくれるものに違いありません。だから、目の不自由な人の辛さはどれほどかと思うのですが、実は耳の聞こえない人の方がつらさは深いと教えてくださった先生がいます。人は経験できることには理解が進むけれど、経験出来ない事には鈍感になりやすい。そのため、耳の聞こえない人に対して思いやる心が育ちにくい、というのが理由だそうです。

つまり、目の見えない状態は目をつぶれば解る。しかし、耳の聞こえない状態は、なかなか経験できない、という事。強力なヘッドフォンを付けていても、少しの音は聞こえてくるのが普通で、全くの無音状態にはなりにくいとか。確かに、耳は塞いでも音は聞こえます。まったく聞こえない人の状態は、経験できないから理解につながらない。そういう、理解できないことに対してどう思いやりの心を育てるか、真の優しさはそういうところにあるのだと、教えていただきました。

頭が痛い、胸が痛い、目が痛い、疲れがひどい、などという体の状態についても、そういう経験が無い人には分からないものですが、そういう悩みを持っている人の心に寄り添う事を考えたいと思いました。

戻る